巻第三の最大のハイライトは、重盛の死だ。
清盛の子ながら、妻が、後白河法皇の側近の藤原成親の妹であっため、平家一門の中では、後白河法皇に近い存在だった。
そのせいか、平家物語の中では、重盛はいわば”いい役”。後白河法皇と対立する清盛を何度も諫めるシーンが描かれている。
物語の中では、重盛は、平家の悪行を浄めるために、自らの命を捧げたように描かれている。平家物語自体が、天皇による支配を擁護する人々によって書かれているために、自然と、重盛はいい役になる。
しかし、普通にこの物語を読んでいると、あきらかに重盛は、平家の一族の中では浮いた存在。実際の重盛は、清盛が、沢山いる自分の子供の中から、法皇に近い人脈に近づけた、子供の一人にすぎなかったのかもしれない。
2012年5月1日火曜日
巻第三:流刑地としての鬼界が島
流刑地として登場する鬼界が島。地図で見ると、奄美群島のすぐ近く。それにしても、これほど都から離れた地に、流刑地を設定したものだ。他に島はいくつもあったろうに、どうして鬼界が島なのか?
平家物語の中では、島に住む人々は、色も黒く、服装も全く違い、言葉も通じない、としている。古くから、太宰府と関係があったとも言われ、あるいは、別な島に流されたのではないか、とも言われている。
真相は不明だが、鬼界が島という名前からして、物語の中では、最果ての地に流される、ということが、イメージしやすい場所ではある。
平家物語の中では、島に住む人々は、色も黒く、服装も全く違い、言葉も通じない、としている。古くから、太宰府と関係があったとも言われ、あるいは、別な島に流されたのではないか、とも言われている。
真相は不明だが、鬼界が島という名前からして、物語の中では、最果ての地に流される、ということが、イメージしやすい場所ではある。
2012年4月15日日曜日
巻第三:鬼界ヶ島からの帰還
建礼門院の男子出産の祈願のため、重盛の進言によって、恩赦を行うことになった。
その恩赦によって、鹿ケ谷の陰謀の罪によって、遠く鬼界ヶ島に流されていた3人のうち、丹波少将成経と平の判官康頼は、許されて都に戻ることになった。
俊覚僧都は、鹿ケ谷の陰謀の主犯と判断され、帰還は許されなかった。
少将成経は、帰還の途中、期せずして、父が流された地で、父の墓と対面する。
一方、島に残された俊覚僧都は、結局、島でその生涯を終えることになった。
物語は、俊覚を助けなけなかったことを、平家の滅亡の一因としている。
その恩赦によって、鹿ケ谷の陰謀の罪によって、遠く鬼界ヶ島に流されていた3人のうち、丹波少将成経と平の判官康頼は、許されて都に戻ることになった。
俊覚僧都は、鹿ケ谷の陰謀の主犯と判断され、帰還は許されなかった。
少将成経は、帰還の途中、期せずして、父が流された地で、父の墓と対面する。
一方、島に残された俊覚僧都は、結局、島でその生涯を終えることになった。
物語は、俊覚を助けなけなかったことを、平家の滅亡の一因としている。
巻第三:信仰心が深かった清盛
清盛は、自分の娘を天皇の后としたが、その建礼門院が懐妊した。生まれるのが男と女では大違い。清盛は、比叡山の天台座主を始め、高僧という高僧に、男子の誕生を祈願させた。
清盛は、信心深いというイメージはないが、厳島神社の創建といい、ここぞというときは、神や仏に対して祈願している。
武力を背景に成り上がったというイメージが強い清盛だが、自分の権力基盤の弱さを、清盛は誰よりも実感していたに違いない。
だからこそ、平家の危機の際には、神や仏の力に頼ったのだろう。
清盛は、信心深いというイメージはないが、厳島神社の創建といい、ここぞというときは、神や仏に対して祈願している。
武力を背景に成り上がったというイメージが強い清盛だが、自分の権力基盤の弱さを、清盛は誰よりも実感していたに違いない。
だからこそ、平家の危機の際には、神や仏の力に頼ったのだろう。
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