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2012年8月15日水曜日

巻第九:後白河法皇の本意

いよいよ、源義経、範頼が平家との戦いに向かうにあたり、後白河法皇が言ったことは、ただひとつ。”3種の神器を持ち帰れ”。

平家の元には、高倉天皇がほぼ囚われのみになっているが、後白河法皇によっては、平清盛の孫に当たる高倉天皇、あるいはその周辺の平家の人物には、何の思い入れもなかった。

後白河法皇は、ただただ、天皇家の継承の証である、3種の神器だけを、平家から取り戻したかった。

2012年8月14日火曜日

巻第九:小宰相と平通盛の悲しいエピソード

一の谷の戦いで、不運にも命を落とした、平通盛。その妻の小宰相は、都でも一番と評判の美女だった。

平通盛は、小宰相に一目惚れ。なかなかチャンスに恵まれなかったが、偶然に助けられ、憧れの小宰相を、娶ることができた。

その後は、相思相愛で幸せな日々を送っていたが、ついに、平家の一員として、源氏の戦に巻き込まれてしまう。

一の谷の戦いでの、平通盛の死を知った小宰相は、伝えらた夫の遺言に従わず、一の谷から逃れた船の上から、身を投げてしまった。

このエピソードの真偽はわからないが、これに類する話は、現実にあったことなのだろう。

巻第九:熊谷次郎直実と平篤盛

あまりにも有名な、熊谷次郎直実と平篤盛のエピソードも、この一の谷の戦いで生まれた。

我が子と同じ年かっこうの若き武士、平篤盛を、心を鬼にして討ち取った熊谷次郎直実。その篤盛の鎧の中から、美しいにおいの香と、美しい笛がでてくる。

その笛は、戦いの前夜、平家の軍勢の中から聞こえ、相手方の源氏の武士の心をも癒した、美しい音色を奏でたものだった。

この美しいエピソードは、総大将、義経のもとにも伝わり、それを聞いた源氏の武将は、誰もが涙を流した。命を懸けた戦の中にあっても、誰もがその心の中には、こうした気持ちを持っていた。

平家物語には書かれていないが、熊谷次郎直実は、この戦の後、出家して、浄土宗の開祖、法然上人のもとで、その生涯を過ごしたという。

巻第九:歌人忠教の最後

平家の武将でありながら、歌人としても知られ、藤原俊成とも交流のあった忠教は、一の谷の合戦の中で命を落とした。

ゆきくれて木のしたかげをやどとせば花やこよひのあるじならまし

その武具の中から、この歌を記した紙が見つかったという。誠に、過酷な時代ではあった。

巻第九:卑怯な源氏の武士

猪俣の小平六則綱という源氏の武士がいる。

この男は、平家側の名だたる武将、越中前司盛俊に、あわや殺されそうになるが、”降参している武士を殺すのか”と叫び、情けをかけた盛俊によって、命を救われた。

しかし、その恩にもかかわらず、盛俊が別な事態に気を許した隅を逃さず、盛俊の首を上げ、自らの手柄として報告している。

今の常識から見れば、卑怯ということになるが、当時の常識では、決して卑怯な高位ではなかったのかもしれない。

巻第九:巴という名の美女武将

巻第九には、2人の印象的な女性が登場する。そのうちの一人が、巴である。

木曾義仲が信濃にいた時代から、側についていた女性で、恋人同士だったのかどうかまでは、平家物語には書かれていない。

とても美しい女性で、しかも、男顔負けの強い武将でもあった。

義仲が、宇治・瀬田の戦いで、最後の5人になるまで残っていたが、義仲が、最後に近くに女性がいた、ということを後世に伝えたくなかったため、義仲から、落ち延びるように説得され、東の国に去った、と書かれている。

しかも、その直前に、源氏の名だたる武将を、力ずくでねじ伏せて、首をねじ切ってから、逃げた、という。

巻第九:義仲の最後とその評価

義仲は、義経と範頼の軍勢が、京都の迫っているにもかかわらず、好きな女性の元に入り浸り、なかなか戦闘に向かおうとしない。

それに呆れ果てた側近が、自ら切腹して、義仲は、ようやく目を覚まし、戦場に向かうが、すでに体制は決まっていた。

倶利伽羅峠の戦いで、平氏の軍勢を破ってから、およそ8ヶ月余りで、義仲は、宇治・瀬田の戦いで、その短い生涯を終えた。

平家物語全体を通じて、義仲に対する評価は、驚くほど低い。平清盛に代表される、多くの平家の人間に比べても、明らかに、劣った人物として描かれている。

平家物語は、都の視点で描かれており、田舎者の義仲に対する評価の低さは、そうしたところからきているのだろう。