以仁王に挙兵を促しながら、多勢に無勢、あっさりと平家の軍門に下った源頼政。宇治の平等院に追い込まれ、自ら切腹して果てた。
その辞世の句といわれる歌が、平家物語の中で紹介されている。
埋木のはなさく事もなかりしに身のなるはてぞかなしかりける
源氏でありながら、平治の乱においては、平家方につき、平家の支配する世の中で、肩身の狭い想いを味わい、和歌の上手さだけで出家したという、そうした自らの境遇を歌っている。
平家物語の中でも、とりわけ印象に残る和歌の一つだ。
2012年5月2日水曜日
巻第四:戦闘になると登場人物がいっぱい
以仁王の挙兵により、平家との戦闘が開始される。戦闘が始まると、がぜん、登場人物が多くなり、読んでいても、誰が誰だか、わからなくなってくる。
戦闘においては、自分がどのような成果を上げたのかが重要になる。相手の大将を討ったのは誰か、敵前逃亡したのは誰か、ということが、つまり個人の名前が大事なのだ。
武士の時代になるとは、ある意味では、個人の時代になった、ということを意味している。
戦闘においては、自分がどのような成果を上げたのかが重要になる。相手の大将を討ったのは誰か、敵前逃亡したのは誰か、ということが、つまり個人の名前が大事なのだ。
武士の時代になるとは、ある意味では、個人の時代になった、ということを意味している。
巻第四:当時の公文書が載っている
以仁王の挙兵に当たって、中心となった近江の三井寺は、当時の寺社勢力の中心だった、比叡山と興福寺に、挙兵を促す文書(牒状)を送る。平家物語には、その内容が、そっくりそのまま紹介されている。
牒状は、解説によれば、当時の公文書に当たる。この内容が本物かどうかはわからないが、いかにも本物めいた雰囲気で、物語に真実味を与える効果を持っている。
牒状は、解説によれば、当時の公文書に当たる。この内容が本物かどうかはわからないが、いかにも本物めいた雰囲気で、物語に真実味を与える効果を持っている。
巻第四:嵐の前の静けさの高倉上皇の厳島行幸
安徳天皇に位を譲った高倉上皇は、清盛の勧めに応じて、厳島神社に行幸する。これは、過去の歴史にないことで、比叡山をはじめとした各方面から反感を持って迎えられる。
しかし、平家物語のこの行幸の記述は、いささか、のんびりとした雰囲気に満ちている。道々、登場人物が、次々に和歌を披露し、さながら、王朝文学のように思える。
そして、その直後に、以仁王が挙兵する。この高倉上皇の厳島行幸は、嵐の前の静けさのようなエピソードになっている。
しかし、平家物語のこの行幸の記述は、いささか、のんびりとした雰囲気に満ちている。道々、登場人物が、次々に和歌を披露し、さながら、王朝文学のように思える。
そして、その直後に、以仁王が挙兵する。この高倉上皇の厳島行幸は、嵐の前の静けさのようなエピソードになっている。
巻第四:いよいよ戦が始まる
戦記物といわれる平家物語。この巻第四で、以仁王が源頼政の勧めに応じて挙兵、いよいよ先頭が始まる。
以仁王の挙兵は、あっさりと平家に鎮圧されるが、巻第五では、源頼朝が挙兵し、富士川の戦いがあり、巻第六では、木曾義仲が挙兵、そして清盛を死を迎える。
この巻第四から、平家の没落の物語が始まる。
以仁王の挙兵は、あっさりと平家に鎮圧されるが、巻第五では、源頼朝が挙兵し、富士川の戦いがあり、巻第六では、木曾義仲が挙兵、そして清盛を死を迎える。
この巻第四から、平家の没落の物語が始まる。
登録:
投稿 (Atom)