2012年8月26日日曜日

巻第十:法然と対面する重衡

一の谷の戦いで、囚われのみとなり、都に送られた重衡。その重衡を、浄土宗の開祖、法然上人が訪ねる。法然は、平家物語の中では、”黒谷の法然房と申人”と紹介されている。

重衡は法然に、自分の状況を訴える。過去に起こしてしまった、東大寺の炎上や、その他の悪行を悔いて、仏道の修行を行いたいが、囚われの身では、それもできない。

法然は重衡に、当時一般に考えられているような修行ではなく、一心に念仏を唱え、囚われの身でも、一定の戒律を守れば、成仏できることを告げる。

重衡は、その法然に言葉に大変感激し、父の平清盛が、宋の皇帝から送られたという、松陰という名前の硯を、そのお礼として渡した。

時代の変わり目にあって、戦やその混乱の中で命を落とした人々に取っては、それまでの仏教は何の役にも立たなかった。法然の唱えた、新しい仏教は、そうした人々の心をつかみ、徐々に、広まっていくことになる。

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